新・特許戦略ハンドブック ぱーと いち
知財立国への挑戦 新・特許戦略ハンドブック
鮫島 正洋 編著 商事法務
真面目に初めて読む知財マネージメントの書物である。 思ったところを羅列していく。 読んでいてよく分からんので、アンチテーゼとでも言おうか、ちょっと悲観的な切り口で感想を述べてみたいと思う。
序章 わが国における知財国家戦略
2頁 「知財法律家の中には「知財の実体法は出尽くした」とコメントしている人もいるが、知財立国への制度改革は、知財の法制度の話ではなくなっている。 知財改革が拡充するに従って、知財法は相対的に比重が軽くなり、いまや知財法学者の出番はなくなっているのである。」
確かに一面はあるとは思うけど、知財法学者(知財法律家?)なしに知財を語ることができないのも事実ではないだろうか。 企業の知財統治といったような方向に対し、我輩は興味がほぼ無いので、この本を読んでいても正直頭に入ってこない。 なので、敢えて悲観的に述べていってみたいと思う。
4頁 「権利を取得しなければ、アイデアを提供するだけになり技術流出となる。」
昨今、日本の出願を減らすためにプロパガンダとしてよく言われていることである。 ホントのところ1日にどれだけ韓国や中国からのアクセスがあるのだろうか? そして、このプロパガンダの言わんとしていることはホントなのだろうか? 確かに、ノウハウで留め置けばいいことなのかもしれないが、該企業にとってはどうでもいいけど、他社に独占権を取得されたくないという内容の発明もあろう。 そういったものは、出願して公開してしまえば公知技術となるし、発明者にとっては一応の出願をしたというインセンティブが得られるから、企業からすると出願することは一石二鳥である。 実際、片っ端から遺伝子を出願されて困っていたりもするんじゃないの?って思ってしまうし。 そして、このプロパガンダの際に必ず付いてくるのが、先使用権の推奨である。 やっぱり、本気で技術流出を考えているというよりは、単に出願を減らしたいだけなんじゃないか?!と思えてしまう。 そもそも、技術流出というけれど、企業もアホじゃないんだから、基幹となるような技術について特許を取得しないということは今の時代ないんじゃないか?と思う。 それよりも、好き勝手に(やっているように見える)特許や商標の権利を発生させるどこぞの国に文句をいうことの方が先なんじゃないのか! 加えて、公開した技術を土台にしてさらなる先進の技術を開発し特許化しておけば、あまり技術流出ということは起こらんのではないのかい?(この場合に流出した技術は陳腐なものだから、流出しててもそんなに痛くないような。。。) それよりも技術流出としては、リストラによる人材流出や現地工場を作ったことにより起こる流出の方が大きいのではないのかい?
この辺は、ノウハウとして秘匿することと公開されることにより公知技術化してしまうことのバランスを企業がいかにコントロールするかという点に尽きるのだろうけど、中々学問として捕らえることは難しそうである。 MOTとかで、修論のテーマになってそうだ。
6頁 昨今の大学教育、大学院化した後の教育がどのようなものかしらんが、日本でベンチャーが育たないのはやっぱり大学教育のせいなんじゃないかい?と思う。 今年の弁理士試験合格者にも学生さんが多いみたいだけど、やっぱり知財に来ようとすることもいいけど、一回くらい研究者として自分の可能性を勝負してみてもらいたいものではある。 ただし、そんな学生さん達でも学生時代から一生懸命勉強して弁理士資格を取得していたりするんだから偉いとは思うけど・・・ 逆に、学生のうちから弁理士試験の勉強をしようと思わせる大学環境という意味では、結構日本の研究はお先真っ暗なのかもしれない。 研究がお先真っ暗では、弁理士業界に至っては、暗黒である。 それかそれ程不況なんだろうね。 威勢良く産声をあげたポスドク1万人計画もポシャッタに等しいものがあるから、学生が研究に未練を感じず、弁理士資格に流れ着くのも仕方ないのかもしれないなぁとは思う。 ただ、なんとなく取っちゃったという人が多いのも事実な気がする。 というか、弁理士資格って未登録者も含めて何人持っているのか知らないけど、ホントの意味で活用している人なんて、ホンの一握りの有資格者に過ぎないんじゃないかな?って、今年の合格者を見ていると特に思う。 我輩もそうならないように気をつけるべし。 そうそう、手頃感があるのかもしれないけど、やっぱり学生から弁理士目指すなら弁護士取ればいいんじゃないのん?って思わなくもない。 だって、我輩の時には、これほど法曹の門戸は広くなかったし(言い訳にすぎないけど・・・)、法科大学院なんてなかったけど、今は法学未修者にも法科大学院の門戸は開かれとるもんね。 というと、我輩も何で弁護士資格でないのだい?という点には自問しなくてはいけない。(ちょいと、本の内容とあまりにも書いている内容が乖離しすぎた。 反省・・・)
第1章 知的資産経営と技術法務の潮流
20頁 今後は、有形資産だけでなく無形資産の管理が重要となってくる。 これまでのところ有形資産の管理は銀行が主体となって行われてきたのではないかと思う。 そして、今、知財等の無形資産の管理を誰が主体となって管理するかという点がTOPICSになっているのだと思う。 今後の資産は無形資産において増大していくことが当然に予想されるのだから、そこで覇権を握ることは今後の経済界を牽引していく武器を有することとなる。 ただ、無形資産の管理が難しいのはこれまでのノウハウがないし、資産価値を如何に判断するかも難しいので、その覇権は誰の手に落ちてもおかしくない状態である。 そういった意味では、混沌の世界にハゲタカが舞い降りている状態ともいえる。 知財等の無形資産の発生には当然に現時点では管理の及ばない(この本においてもきっと明らかにされることはないであろう)、人的資産の創出が重要である。 ただ、「失われた10年」の時代と共に、日本にはゆとり教育という名の下に教育が行われてきており、知財を考える上で切っても切れない関係にある人的資産とでもいうべきものの教育及び創出はきっちりとなされているものなのだろうか。
24頁 「知」を学問として捉えるというのは非常に難しい状況にあるのだろう。 似た学問であるといえる経済学では、数学化して若干実業と乖離させているがゆえに成立し得ている学問な気がするが、「知」を学問として捉える際にはどうしてもフィードパックを求められているというか常に実業が傍にあるという点でより学問化が難しいのではないかな?と感ずる(やっぱ、産業革命時代からある学問とは違うわな)。 だから、机上への学問化がまだ体系化されていない段階で、こういった類の本を読んでも内容がまだまだ稚拙であると感じる。 ようは、学問としての体をなしてないのよね。 そもそも学問足り得るものなのか?!という点も議論の余地はまだまだあろう。 結局のところ、モデルスタディの域を出ていなくって、歴史学に等しいのよね。 学問として一般化するためにもデータの蓄積が待たれるところである。 ケースバイケースで事象を捉えていては、やっぱ歴史学になってしまうよね。 ということで、現時点では、ノンフィクションものの知財本を読んでいる方がまだマシで、知財学は中途半端ね。
41頁 「ソフトウェア分野は実験などの検証なくして特許出願が可能な分野であるという点で特筆すべき特徴を有している。」
とあるけど、ホントかい? ソフトウェア分野は全くわからんから何とも言いがたいのだけど・・・ 36条4項1号の実施可能要件的に問題がないのかいな?? 審査基準でも読まんといけんね。 とはいえ、次のようなフォローあり。
42頁 「なお昨今のソフトウェア特許の審査実務ではアイデアレベルの抽象的な発明は容易に特許されないので、後日、具体的なシステム上の工夫を抽出して明細書に盛り込むこと(優先権主張出願)が併せて必要となる。」
とあるけど、この優先権主張出願を利用した実務は、「人口乳首事件」があるから危険だよね。。。
本日のキーワード: いやぁ、意味もなく熱く書いてしまった。 これでは、変なおじさんである。。。 ただ、しばらく口やかまし状態が続きます・・・
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