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2010年12月 9日 (木)

日本弁理士会の決議文

超、久しぶりの投稿です。
 
英語は、一身上の都合により、多少先延ばししている状態にあります。
投資額が半端ないので、必ずや復活します。
 
さて、今日は、私の所属する団体が、どうも決議を出したようですので一筆。
 
遡ると、日本弁理士会は、平成22年9月15日付けで、会長名で、以下の提言を行っていました。
 
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[提言]特許出願件数激減への対応策をとるべきである

 平成21年、我国の特許出願件数は平成20年に比して11%以上減少し、34万件に止まりました。米国や中国の特許出願件数が順調に増加している状況下、我国の特許出願件数減少は「異常な状況である」と認識しなければなりません。
 我々は、日本国特許庁への多くの特許出願は日本国企業の技術開発力の成果であると共に、将来の産業競争力を占うバロメータであると考えます。特許出願の減少は、日本国企業の国際競争力の低下を意味し、我国の将来的な国力低下を予測させるものでもあり、あってはならないことであると考えます。
 これまで、我国は知的財産を活用した科学技術立国、知的財産立国の目標を掲げてきました。しかし、このような状況では目標達成も覚束なくなり、世界はもとより、アジアにおける主導的立場をとることすらできません。
 このような状況に鑑み、我々は特許出願件数を回復させるべきであり、また、国家として、そのための対応策を速やかに採るべきであることを強く提言するものであります。
 日本弁理士会は、今まで以上に知的財産権の重要性を会員に周知すると共に、独自の施策を速やかに実行するものであります。また、日本弁理士会の各会員は、今まで以上に特許を含む知的財産権の重要性を説き、優れた発明について強い特許権を得るべく、特許出願を鋭意奨励し、我国のために力を尽くさなければなりません。
 もちろん、特許庁をはじめとする各官庁は、我国の基本的開発力の成果としての特許出願を奨励し、産業再生に尽くし、国民にその成果を還元しなければなりません。特許庁は、特許出願件数増大を奨励する意見表明をし、企業などに特許、意匠、商標の出願を奨励し、特許制度的支援策を採り、審査請求料等の料金や税制などの財政面での支援策を採用するなど多くの施策をとるべきと考えます。
 我国において、唯一の無限資源といえる知的財産を活用することこそが、今後も我国が世界の主導的立場を保ちつつ、人類を繁栄に導く近道であると信じるものであります。
 
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上記は提言だったので、あまり気にも留めていなかったのですが、今度は、決議です。
 
 
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特許等出願件数激減に対する緊急対応策を講じることに関する決議

決議文

 日本弁理士会は、昨今の特許等出願件数減少傾向を、日本の知財力の低下、ひいては産業競争力の低下をもたらす事態として憂慮している。産業財産権制度の適正な運用を担う責任ある専門家集団である日本弁理士会は、かかる事態を座視することなく、その改善に積極的に取り組むべきと考える。
 そこで、日本弁理士会は、関係する政府等国家機関への提言や喚起を積極的に行うとともに、産業財産権制度の現況と展望を広く知らしめる広報活動の強化や、出願援助制度の紹介など、日本弁理士会独自の緊急施策を立案し、これを速やかに実行する。また、日本弁理士会の会員は、自らの職務を通して、今まで以上に産業財産権の重要性を説き、プロパテント政策に沿った適切な特許等出願に助力するほか、知的財産の価値の維持向上に努力する。
 もって日本弁理士会は、会員とともに、政府が標榜するところの知的財産立国の実現に向けて尽力する。
 以上を総会の総意としてここに決議する。

以上
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なんだか血判状のような、果たし状のような、古臭い感じがして、感情論的にまずかっこ悪いなぁと思うのです。
 
私、不肖なことに、弁理士会総会の案内きても、委任状すら出さずに適当に流していたのですが、そのツケとして、知らぬ間に総意として、決議文が出されてしまいました。
会員からなる総会の総意としての決議文ですから、個人的な好嫌はありますが、尽力はしていくつもりです。ですので、弁理士会会員であり、総会で定まったことですので、この投稿を持って、以後内容について文句は言いません。
ただ、弁理士会の決議にならって、私も少しだけ、自分の所属団体の動向に今後は、注意を向けてみようと考えさせられた、ある秋の昼でしたので、思わず、久しぶりに投稿してしまいました。
 
 
なお、何でこんなことに気づいたかというと、
アマチュアサイエンティストさんの、「前代未聞の馬鹿爺ども」というエントリーなのですが、
弁理士会自体は、今や、2/3くらいが昨今の易化した弁理士試験合格者(ようするに、相対として若手)が占めている団体ですので、「前代未聞の馬鹿爺ども」ではなく(爺どもとタイトル付けすることにより、老害的なイメージが湧きますので)、「前代未聞の馬鹿弁理士ども」ですね(弁理士全てひっくるめて、爺でしかないというアイロニーかもしれません。)。
 
ほんと、
「日本弁理士会って馬鹿ですか。こんな決議をするような日本弁理士会って、知財立国の弊害にしかならない。」
おっしゃるとおりでございます。。。
 
従前、特許庁が、仕事(審査)に手が回せないので、これ以上の無駄な特許出願を控えてください!実質的な審査請求の取下げを!って、各企業さんにお願いに回っていたことが嘘のような時代になっているわけですが、一応、知財業界の両巨頭足る(足らなきゃならない)、特許庁と日本弁理士会が、このような発想では、日本の知財の発展って大丈夫なんですかね?
この業界に身を置く人間として、悲しい出来事です。
 
左翼ではありませんが、求む!総括
 
 
本日のキーワード: フランスのデモを見ると、日本の平和さ、民意の低さに、思いが寄せられます。
 

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日本弁理士会の言う「知財立国の危機から一刻も早く脱する方策」の疑問
日本経済新聞2011年1月25日の意見広告
「(前略)日本は特許本来の制度面や、産業技術力というポテンシャルでまだ世界に対しアドバンテージがあります。だからこそ知財立国の志を再確認して、知財戦略を加速することが重要です。手をこまねいている時間の余裕はありません。」

日本弁理士会の会長の弁です。

私も知財の世界で働いている者ですので、特許制度の趣旨・価値と目的については十分承知しています。しかし、弁理士会会長からして、このような認識と発想で果たして良いのかと疑問に思うところがあります。

まず、企業がなぜ特許出願を近年減らしているのかです。
企業は何も弁理士会に義理立てて出願をするわけでも、特許出願件数を競う目的で出願するわけでもありません。経済システムの中で特許制度が本来の目的と役割を果たしているなら、出願を減らす理由はありません。換言すれば、既存の特許制度が現在の経済システムの中で、企業にとって十全に機能していないのではないかということです。

「特許本来の制度面」に問題があるからあえて出願をしないという点については、前掲のブログに述べたとおりです。「価値ある発明」だからこそ、秘匿して第三者の模倣や侵害から守ることも企業戦略とせざるを得ないような様々な事象が経済の世界では近年顕著になってきています(トロールや中国による技術の模倣など)。出願が公開されることによるリスクは決して看過できないものがあります。出願や訴訟などで企業側が負担する人的・経済的なコストは膨大なものになりつつあります。開発・権利化段階で企業があらゆるリソースを消耗してしまうケースも近年は増えています。特にIT関連では、技術のコモディティー化が早く、特許制度が追いついていないのが現状です(審査の質/早さなど)。せっかく出願して権利を取得しても、その頃には技術そのものの市場での価値が薄れてしまっているという状況があります。

コストの面では、外国に特許を出願しようにも、翻訳費用がかかってしまい二の足を踏む状況は依然として解消されていません。前項のブログで述べたように、出願に用いる日本語自体を「産業日本語」化して、少しでも翻訳にかかるコストや労力を減らすような提言を弁理士会は率先してすべきでしょう。二の足を踏むような状況がある限り、いくら弁理士会が笛や太鼓を鳴らそうが、企業は踊れないのです。弁理士などの特許の専門家だけが作成・理解できる日本語で明細書を作成している限り、それを外国語に翻訳することにかかるコストと労力は将来にわたっても減ることはないからです。また、外国企業が日本に出願するに当たっても、今の日本語が障壁になっているとも言えます(審査段階での、日本語の解釈上の36条関連の拒絶理由は外国企業にとっては不可解千万なものです)。

コストの面だけでなく、日本の世界に対する技術発信力を高めるためには、そこで用いられる日本語そのものについての見直しが急務だと考えます。特許業界でも特に技術翻訳業界にとって、「産業日本語」の導入は精度の高い機械(自動)翻訳の普及や翻訳単価の引き下げ要求につながりかねない要素なので、同じ特許業界の弁理士会がどこまでその導入についてイニシアティブを取れるか疑問ですが、「産業日本語」を一刻も早く検討・導入しなければ、日本語に比較して英語のアドバンテージがますます強まることになります。欧州特許庁のようにアジア圏において広域特許制度が将来確立されることがあれば、日本語を出願・審査言語として残すためにも「産業日本語」化は必須でしょう。

「産業技術力というポテンシャルでまだ世界に対しアドバンテージ...だからこそ知財立国」については、アドバンテージは技術力そのもので測るものではなく(技術訴求)、企業活動・経済活動において市場で認識されるべきものです。つまり、企業にとってはモノを製造・販売して利益をあげることが目的であって、研究開発や知的財産が目的ではありません。企業活動・経済活動が停滞しているのは、「知財戦略」が「加速」していないからである、という弁理士会の論法はその意味で、市場での認識(後述の「どうやって売るか」)という点を省略した中抜論のように私には思われます。

制度とか権利があれば、果たしてモノやサービスは売れるのでしょうか?企業は技術力と知的財産があれば、戦略を立てられるのでしょうか?30年前なら「YES」です。しかし、今では「NO」でしょう。プロパテント⇔アンチパテント、技術や経済力の南北格差問題、資源の持てる国持たざる国の対立、特許を持つ国持たざる国の対立、開発と環境保全、バイオ技術と生命倫理などの、特許庁や知財の範疇を超えた極めて政治的・地域的・民族文化的な問題に対して、知財立国だけでは答えにならないでしょう。

同じ日本経済新聞2011年1月14日掲載の記事
「高度な技術力とコストダウンだけで勝負するという日本の従来型の戦い方は限界が見えてきているからだ。...今、日本企業に一番重要なのは、高度な技術力を収益につなげるビジネスモデルの創出である。平たく言えば、自社の優れた技術・製品をどうやって売るのかという仕組み(売る仕掛け)をつくることである。...現状、高い技術力だけが他社との差異化策という日本企業はまだ多い。技術訴求とは違った、新たなビジネスモデルづくりの成功事例が数多く出てくることを望みたい。」(東レ経営研究所 産業経済調査部)

弁理士会が特許制度という殻の中の価値観から経済を眺めているかぎり、そこに映るのは「日本の従来型の戦い方」でしかありません。「どうやって売るか」は産業技術力や特許出願件数が答えを出すものではないからです。それは、消費者にどうやってアピールし、受け入れられるかといった、技術や知財以外の要素や価値観といった技術の背景にあるべきものだからです。先年の米国でのトヨタのリコール問題でも、ブレーキの踏み味(フィーリング)を問われて、何センチ何ミリといったスペックで説明しようとすること自体が、そういった技術の背景にあるべきものを見失ったことの例です。生活習慣・文化といった背景要素に製品やサービスがコミットすることが大切なことだと考えます(これも前項のブログで述べたとおりです)。

知財のメガネからだけで経済を眺めるのではなく、もっと企業や市場の側に立って、対極的な見地や大所高所から、「どうやって売るか」について意見できなければならないと考えます。

投稿: kristenpart | 2011年1月29日 (土) 10時34分

技術流出問題(重要な発明ほど、特許出願せずに秘匿する?)

日本の特許制度は、出願人以外の者が同様の技術を重複して研究開発することを避けるため、出願から18カ月が経過した時点で特許内容が公開されます。平成2年に始まった電子出願の導入によって、電子情報での公開が可能となったことによります。特許庁の外郭団体がインターネット上の特許電子図書館(IPDL)で、英文抄録(現在は機械翻訳)とともに特許出願の内容が公開されているわけです。出願公開制度はこのように重複研究による無駄な投資や重複出願を抑制するとともに、公表された技術を基に、より優れた技術の開発を促進することを旨とする制度です。

インターネット上のIPDLでは誰もが公開された特許情報の全文(書誌情報も含めて)を無料且つSignInやLogInなしに閲覧することができます。公開情報をPDFのフォーマットでローカルのPCにダウンロードする場合のみ、ロボットアクセスを防ぐための認証画面がありますが、テキストベースならそのような認証画面はないので、画面上からコピー・ペーストして簡単に情報を(再)利用することができます。

近年、IPDLの最大のユーザは中国・韓国という話をききます。

少し旧聞ですが、『2009年10月9日、「羊城晩報」は、広東省知的財産権局の陶凱元(タオ・カイユエン)局長が華南理工大学で最近行った知的財産権に関する特別講義の内容を紹介し、中国企業の知的財産権に関する意識が極めて薄いことを明らかにした。 記事によると、同局は同大と国内の知財権に関する理解と普及を目指し「知的財産権強化大学建設共同推進協定」を交わしたばかり。陶局長によると、現在特許を有する中国企業は全体のわずか1%しかなく、数千社にとどまるという。残りの99%は特許を保有しない。自社の商標を持つ企業は40%で、残りは商標すら持たない。こうした現状について陶局長は、「多くが製造できても開発できず、財産権はあっても知識の無い状態で、偽造によって利益を得ているのが実情。(中略)知財権の侵害については、「件数は増加し規模は拡大する一方。損害賠償額もこれまでに総額で1億元以上にのぼる」と説明した。いわゆる「パクリ」の範囲は広がり、その手段は巧妙になるばかりで、国内産業にとっても大きな脅威になっているという。』(Record China 2009-10-11配信記事より)

上述の記事のように、いわゆる「パクリ」は中国企業での知的財産権に関する意識の無さ(低さ)に由来しており、そのような意識でIPDLを使うとどういうことになるかは、推して知るべしでしょう。つまり、IPDLでの公開の趣旨である、公開情報が重複研究による無駄な投資などを省くとか、公表された技術を基により優れた技術の開発を促進する、といった前述の趣意の通りに利用されているのなら良いのですが、「パクリ」の元になっているのではないかとの懸念が、日本の産業界で高まっています。

『また、中国での模倣品対策に関連して「電子図書館の技術情報公開にその一因があるという話もあるが、どのような対策を講じるべきか」という質問があった。木原氏は「電子図書館による公開は世界各国で行われていることであり、日本独自のものではない。また、特許の明細書には、細かいノウハウ部分は書かない(書かれていない)ので、特許情報だけで技術を模倣できるかは疑問。加えて、かつて外部からロボットアクセス等の不正なアクセス手法で大量に公報を抜き取るということもあったが、現在は不正なアクセス手法への対策が講じられている」と回答した。さらに「企業を離れた研究者からも技術は流出する。また、企業にとっては失敗したデータが漏れるのも(他企業が省力可能となるので)損失」と日本企業の事例を紹介し、「技術流出問題はあらゆる角度から考えていかなければならない」と結んだ。』(独立行政法人 経済産業研究所 2007年7月25日記事より)

以上のような質疑応答がなされています。応答部分として、ノウハウ部分は書かないから(中国企業が)模倣できるかは疑問とありますが、中国で製造を行う日本の中小の製造業者から中国企業が技術移転や技術指導を受けるケースは多く、たとえそれらが契約に基づくものであっても、商慣行や契約意識の違いが元で契約そのものが反故にされ、むざむざノウハウを含む技術を製造装置ごと取られてしまったといった話は珍しくありません。

したがって、技術分野によっては、ノウハウを蓄積した中国企業にとってIPDLの情報は模倣するに最も近道な情報源では?という懸念は払拭されません。日本語で書かれた難解な技術情報のお陰で真似されずに済んでいるという話もありますが、対応の外国出願をしていれば当然、英語で欧州特許庁や米国特許庁から同様にその内容が公開されますし、IPDLが提供している機械翻訳サービスを用いれば、大雑把ですが技術内容を英語に自動的に翻訳して把握することもできます。

さらに、日本国内では、大企業との取引関係において、中小企業は以下の問題は、従来より指摘されています。

『大企業は資金と人的資源で優位にあり、取引関係においても優越的地位にあるが、大企業が悪意を持って意図的に中小企業の知的財産を侵害した場合でも、中小企業は泣き寝入りをせざるを得ないことも少なくない。例えば、大企業と共同研究を実施した際に中小企業の技術が盗用されることや、下請取引において中小企業の金型図面が大企業に流出する問題などが発生している。こうした問題については、下請代金法、不正競争防止法など取引ルールが存在するものの、法運用の実効性が乏しいのが実情であり、監視・指導の強化が求められる。』(経済産業委員会調査室「立法と調査」 2006.9 No.259 より)

上述の構図での大企業を、中国の大企業と日本の中小企業との関係で捉えなおしてみれば、日本の中小企業の現場のノウハウが、将来、取引関係上優越的地位になるに違いない中国企業に流出する可能性は大いに考えられます。

このような近い将来の構図を予想してか、昨今、以下のような見解も見るようになってきました。

『(4)IPDLによる技術流出について
【ご意見】 出願が公開され、特許電子図書館(IPDL)で国内のみならず国外でも同様に公開され自由に閲覧できる環境に疑問を感じることもある。結果、技術流出することになりかねないのではないか。
【検討結果】 出願公開制度は、重複研究による無駄な投資や重複出願を抑制するとともに、公表された技術を基に、より優れた技術の開発を促進するものです。公開された特許情報をインターネットで提供する特許電子図書館(IPDL)は、毎年、ユーザーの利便性向上やサービスの拡充を図っており、IPDLを通じた産業財産権情報の積極的な利用が増すことにより、産業財産権の活用がより一層進むものと期待されています。
そこで、公開され公知となった技術と同じ技術の特許出願は、日本国内のみならず国外でも、通常、特許になりませんが、公知になった技術から改良された発明は特許になる可能性があるため、開発した技術を特許権取得の対象とするか、あるいはノウハウとして対外的に秘匿するかを適切に選択することが必要です。そして、特許権取得を選択した場合には、出願の結果、日本国外からも閲覧されることを踏まえ、国外でも権利化する等、より戦略的に出願管理を行うことが重要です。』(Webとっきょ 平成22年9月号 No. 17 より)

知財管理Vol.59No.6, 2009 『中国等の東アジア諸国の猛烈な追い上げの中で、ブラックボックスとして秘匿すべきノウハウの特許出願公開による外部流出は、モノづくり会社にとって重要課題です。特に、製品からの侵害検出が困難な製法等に関する発明が問題となります。平成11年以降、公開前出願放棄制度が廃止になり、ノウハウを秘匿しつつ先願の地位を確保するという手段がなくなってしまいました。そこで弊社では、ノウハウとして秘匿することが望ましい発明に対しては特許出願をせずに図面、書類、キープサンプル等の先使用証拠をそろえて公証人役場で確定日付取得することにより証拠保全するというノウハウ発明の社内登録制を実施しています。なおノウハウ発明者に対しては、モチベーション面の配慮として特許出願発明と同等の発明報奨金を支払っています。・・・出願特許はその会社の技術戦略が一番よく見える情報源です。分野ごとに時系列で、出願特許を精査するとその会社の動きがわかります。逆に言うと、自分のところも外部から見られているわけで、情報戦争の中にあっては出願特許から技術戦略を読み取られないような工夫が必要な時代になったとも言えます。』(荒井晴市/村田製作所)

即ち、特許出願をせずに、敢えて発明の秘匿も知財戦略の選択肢の一つとして考慮すべき時代になったようです。

この背景には、特許法第79条規定の「先使用権」を企業の知財戦略として、見直そうとする動きがあります。

即ち、先に発明したこと(先使用権の成立)を証明することができれば、後に他社が同じ発明で特許を取得しても、使用料を支払うことなくその者は従来通り使用することができるとするものです。(特許法79条)

この証明は、事実実験公正証書または存在事実証明に拠るものとされています。

なお、日本国特許庁では事実実験公正証書を中心にした先使用権制度のガイドラインを作成しています。特許庁は先使用権制度を特許出願件数の削減(審査件数の削減)を目的に推奨しているようです。

事実実験公正証書とは、発明が完成した時点で公証人に現実に完成した発明である技術内容を見てもらって(五感の作用による認識)、認識した事項を確定日とともに証書に残すものです。他方、存在事実証明は、前述の村田製作所の記事にあるように、図面、書類、キープサンプル等の先使用証拠をそろえて公証人役場で確定日付取得することにより証拠保全をすることです。

事実実験公正証書の作成にあたっては、技術に詳しいとは言えない公証人が現場に赴き製品の原材料、機械設備の動作状況や製造過程を直接見聞きして、実験の過程や結果を漏れなく公正証書に記載することなので、特許庁が推奨しているにも関わらず、実際の作成は難しそうです。弁理士がその場に立ち会わない限り記載は無理かもしれません。
特許庁のガイドラインでは弁理士の立会いについては言及がありませんが、弁理士が報酬を得る目的で事実実験公正証書の作成に関与することに関して問題はないだろうとの以下の記事もあります(パテント2003年Vol.56 No.6)

他方、存在事実証明については、その目的でのタイムスタンプビジネスが現れるなど、現実性を帯び始めています。タイムスタンプ自体には法的な確定日付効はないので事後、公証人が確定日付を認証して存在事実証明にする必要があるものと思われます。

傾向は、米国でのトロール問題(訴訟問題)への対処の観点からも、今後強まる可能性があります。

『知財高裁や東京・大阪地裁の知財関連判決には、公証人が作成する、いわば実況見分調書とでもいうべき事実実験公正証書や「確定日付」の付与された書面が散見されるようになった。日本公証人連合会と日本弁理士会特許委員会との間の合同研究会として、「知的財産分野における公証制度の利用について」の勉強会を開催し(パレントVol56・6号17頁及び56・9号15頁参照)、昨年の財団法人知的財産研究所主催の「先使用権制度の円滑な利用に関する調査研究会」においても、先使用権確保のために、公証人が作成する事実実験公正証書や確定日付が、大いに有用であることが認識されている。』(伊藤国際特許事務所 2008/12/17web記事より)

企業のみならず、特許業界も大きな変動の時期に来ていることは確かなようです。

投稿: kristenpart | 2011年1月29日 (土) 10時50分

山寨(パクリ)に学ぶこと

『前回、『 2009年1月25日、 山寨(さんさい=パクリ)が中国の08年の流行語の1つに選ばれた。春節(旧正月)には国民的年越し番組「春節晩会」(春晩)の「山寨版」まで登場し、話題を集めた』と言う記事を載せた。その時に私の理解不足から誤解を生じているかも知れない。ここに再度書いておきたい。というのは、培地の偽物のために迷惑を被った学生の陳陽が非常に憤っている。怒るのはもちろん当然だと思うけれど、つい「だって中国では山寨文化が花盛りで、皆にもてはやされているじゃないの。」と私は言った。すると陳陽は憤然として「あれは山寨ではありません。偽物なのです。偽物を作って売るなんて非常に迷惑です。」と言う。それでよくよく聞くと、山寨はそっくりさんのことを指していうのだそうだ。一方偽物は假货という。Pradaに対するParadiの、 iPhoneに対するHiPhoneは、そっくりだけど別のもので、消費者を瞞しているわけではない。消費者は別のものと知っていて、それを選ぶのだという。本家本元よりも消費者の人気を集めるところがもてはやされる山寨文化なのだ。なにしろ『米Apple社「iPhone」の山寨版「Hiphone」は1台1000元(約1万3000円)で売られて、世界で1億5000万台を売り上げる大ヒット商品に』なったという。つまり山寨はヒーローであり、『権威や権力に真っ向から立ち向かう「知恵や勇敢さ」が国民から支持されている』のだ。私はこの山寨の精神と、偽物を平気で作る気質を一緒にしていたが、中国人にとっては別物というわけだ。』(達也の瀋陽だより‎「2009年03月03日(火) 山寨文化について」から)

山寨(パクリ)とは外観はそっくりだけど、中身は全く別物(模倣元には備わっていない機能が付加される/模倣元よりも安価なのに高スペックなど、ある意味では本物)ということで、假货(偽物)とは外観はそっくりだけど中身は偽物(ゴミ)のことで、両者は異なるということらしいです。私の理解が間違っていたらごめんなさい。

『中国政府は知的財産権を保護しているというものの、中国は世界最大のパクリ大国となっている。自動車のみならず、IT・通信産業や服飾産業など、ほぼ全ての産業において「山寨」が存在するのである。「山寨」の発展は中国国内の消費者にとっては消費への敷居を下げることになる。また、経済発展を促進し、産業の競争度合いを強めるものでもある。業界にとっても庶民にとっても、「山寨」は弊害よりも利益のほうが大きいのである。米国アポロ計画はナチスの科学技術の上に成り立った成功であるし、日本の学習能力の高さが日本の経済発展をもたらしたが、学習ですら模倣であろう。韓国の自動車産業、電子産業、半導体産業も米国や日本の先端技術を模倣し、それから改善することでイノベーションを手に入れたのである。つまり、模倣も剽窃(ひょうせつ)も実は正常なことであり、模倣したことのない人がこの世に存在するだろうか?最も重要なのは、模倣の上にイノベーションがあることで、模倣を通じて技術を自らのものにすることなのである。』(サーチナ 2009/4/22 webニュースから)

「山寨」は弊害よりも利益のほうが大きい/模倣の上にイノベーションがある…ということですが、知的財産権の有無に関わらず、利益優先の観点から「山寨」=イノベーションと直結して思考するのは、もはやその国の文化や価値観というべきものなのかもしれません。模倣を通じて技術を自らのものにする…という点はまさに核心で、先項のブログで述べたように、日本の製造業が長年築き上げたモノづくりのノウハウを自らのものにすること、ではないかと思います。以下のように人ごとのノウハウの流出を危ぶむ声もあります。

『日本で定年を迎えた技術者が破格の報酬でスカウトされる場合が少なくありません。また、スカウトした日本人を通じて、個々の技術者の技術能力や境遇まで詳細に調べ上げ、これらの情報をもとに、本当に必要とする技術者に狙いを定めて誘いをかけることも行われています。かつては、スパイによる情報収集が中心だったのが、最近では潤沢な資金にモノを言わせ、必要な技術を人ごと手に入れるケースが多くなっているのです。国内で働く日本人技術者の中には、週末を利用して副業的に中国で働く人もいるようです。企業の中には、週末の空港での人の動きを撮影して該当する社員がいないかチェックしたり、社員のパスポートを一括して保管するなどの対応を図っているところもあります。(中略)中国が、日本企業の有する多くの技術ノウハウを簡単に手に入れられる今の状況は、将来の日本を考える上で非常に危ういといえます。一部の日本企業は、重要な技術部分はあえてブラックボックスにして中国企業と提携する取り組みを始めていますが、官民一体となった抜本的な取り組みが望まれます。』(「日本企業のノウハウは何でも手に入れられる中国」大林弘和氏ブログ 2010.11.25から)

日本人の仕事に対する生真面目さからすれば、頼りにされれば応分以上に教えてしまうといったことがあるのかもしれません。また、定年を迎えた技術者ばかりでなく、大企業との取引関係を絶たれた中小の製造業者にとって、生きるか死ぬかの瀬戸際では、上述のスカウトに応じることでしょう。ノウハウは人ごと吸い取られることになります。一部の企業の取り組みとしてのブラックボックスの件は、私の前項のブログで述べたように技術や発明の「秘匿」ということなのでしょう。それはそれとして、企業間・異種業間の技術交流の妨げになりかねません。また、ブラックボックスにするなど(特許出願しないなど)の根本的な取り組みを行うのであれば、特許制度の役割の見直しを産業政策上行う必要もあるのでしょう。

特許制度の役割の見直しということでは、欧州特許庁が2007年に発表した「未来へのシナリオ(Scenarios for the future)」ではオープンソースやオープンイノベーションの流れから知識の共有財化=コモンズが進み、2025年までに特許制度はなくなると予測した内容で、特許制度を守るべき欧州特許庁の意外な予測として喧々諤々の議論と反響を呼びました(多くは否定的見解)。

「山寨」は弊害よりも利益のほうが大きい/模倣の上にイノベーションがある…とする、プレーヤーが大挙して現れ、それに対して「秘匿」など企業側が防衛手段を講じることによって(虚業者によるパテント・トロールにおいても「秘匿」は企業の防衛手段となりつつあります)、特許制度が本来期待するところのイノベーションの支援による「価値あるサイクル」が回らなくなれば(他にも種々の制度障壁が前述のシナリオでは指摘されていますが)、あながち欧州特許庁の先の予測を全て否定することもできないような気がします。技術開発と品質管理や安全性、特許権と訴訟といった日々増大し企業活動をあらゆる面において圧迫するトレードオフ(二律背反)問題から、オープンソースやオープンイノベーション化による、群集知(クラウド)に解決を求める企業が今以上に将来現れるかもしれません。また、シナリオを将来受け入れざるを得ない業界もあるのかもしれません。

「山寨」を言下に否定することよりも(山寨文化や価値観はそうそう否定することはできません)、たとえ「山寨」があるとしても、イノベーションを支援し「価値あるサイクル」を回すことが可能な新たな経済システムと特許制度の見直しが必要なことなのかもしれません。日本がその見直しにおいて世界にイニシアティブを取ることを大いに期待するところです。

投稿: kristenpart | 2011年1月29日 (土) 10時55分

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