知財立国 日本再生の切り札 100の提言
荒井寿光+知的財産国家戦略フォーラム B&Tブックス 日刊工業新聞社
2002年発行の書籍ですので、内容的には古いですが、5年たってどういう風に変わってきたのか勝手に検証するとともに、今の知財ブームの渦中にいる人間として、いま一度原点を振り返ってみたいと思います。
37頁 「当時の特許庁の基本方針は「特許は質が重要」だからと、慎重審理の上、権利範囲はできるだけ狭くして特許するというものだった。」
2010年の仮想世界を描いた一場面中、2000年の話として出ています。 ということは、より特許要件の判断が厳しくなっていると言われている昨今ですから、今の審査実務はより権利範囲が狭いんでしょうね。 しかし、それで、特許法の法目的を達成できるんでしょうか。 一歩下がって他人に迷惑をかけないという日本人の美徳が、特許法では出すぎている気もしますね。
40頁 2005年までの具体的行動計画(アクション・プラン)を含めた知的財産戦略大綱に基づいた改革として記載されている、「従業員発明の廃止」、「知財ロースクール」、「模造品の輸入防止機関」という政策は取られていないような気がします。 これもまた、この本での仮想世界での話しなんですが、従業員発明の廃止ってことは、職務発明制度の廃止ってことと同義ですよね。。。 凄いことを考えています。
56頁 「エイズの治療薬について、インドの会社が製造した特許侵害薬を、エイズ患者を多数抱える南アフリカ政府が人道的な立場から輸入することになり、国際機関を巻き込んだ大問題となった。 しかし、これがエイズ治療薬だけの議論にとどまる理由はなく、がん治療薬でも、心臓病の治療薬でも同じことが起こりうる。」
これは事実となりましたね。 一定の範囲では、TRIPS協定で認められていますので本来問題はないはずなんですが、心臓病の薬とかについては、タイで強制実施権が発動されるとかでニュースになっていたかと思います。 インドでは、ノバルティスのグリーベックに関連した特許が無効という判断がされたかと思います。
特許庁HPのインド特許法の仮訳を見ますと、
3条 発明でないもの
次に掲げるものは、本法の趣旨に該当する発明とはしない。
(d)既知の物質について何らかの新規な形態の単なる発見であって当該物質の既知の効能の増大にならないもの、又は既知の物質の新規特性若しくは新規用途の単なる発見、既知の方法、機械、若しくは装置の単なる用途の単なる発見。 ただし、かかる既知の方法が新規な製品を作り出すことになるか、又は少なくとも1の新規な反応物を使用する場合は、この限りでない。
説明--本号の適用上、既知物質の塩、エステル、エーテル、多形体、代謝物質、純形態、粒径、異性体、異性体混合物、錯体、配合物、及び他の誘導体は、それらが効能に関する特性上実質的に異ならない限り、同一物質とみなす。
(e)物質の成分の諸性質についての集合という結果となるに過ぎない場合によって得られる物質、又は当該物質を製造する方法
(i)人の内科的、外科的、治療的、予防的、診断的、療法的若しくはその他の処置方法、又は動物の類似の処置方法であって、それら動物を疾病から自由にし又はそれらの経済的価値若しくはそれえらの製品の経済的価値を増進させるもの
ということで、インドでは周辺化合物では特許が取れないわけですし、また、用途発明をもダメなんですね。 用途発明に関しては米国的であるわけですが、治療方法でも特許が取れませんので、医薬発明については、化合物1回こっきりってとこでしょうか。 製剤も(e)に含まれてしまい、特許がとれないのかもしれません。
63頁 「この十年くらいの間に、企業価値の多くの部分が有形資産から無形資産へとシフトしている。」
製造業の市場価値は、無形資産で判断できるのでしょうが、前にもブログ上で書いた気がしますが、有形資産になれた融資する側が無形資産を有形化しようとしているというのが現在の流れといえるかと。 そこで、重要になってくるのが、
64頁 「企業の知的財産権戦略のインフラとなるのが、技術移転・知財流通、知財コンサルティング、知財ファイナンスといった知財ビジネスである。 中でも重要なのが知財評価である。」
ということなんでしょう。 土地の価値だって本来は無形だと思いますが、土地とか有形のものは物件として、所有権の移転が容易なのに対し、特許権の場合は、事業の移転が容易ではないので、より判断が難しくなるのでしょうね。 より、M&Aとかが盛んになって事業の流動化が進めば、知財価値判断も容易になる時代が来るかもしれないなぁと思います。 有価証券だって、目に見えない企業価値を判断しているわけですが、誰も難しいといわず、普通に取引されてますからね。 ブランドについてもある程度は取引の対象になっているわけですから、後は事業化されていない特許の価値判断ですね。
66頁 「特許にするかどうかの結論を先に延ばす審査請求制度や先行技術を隠して登録されるような特許があることは、時代に合わない。」
とあるけど、特に後者は、激しく同意できる部分ではないかと思います。 特許法36条4項2号とかが規定されたりしましたが、まだまだ本質は明かさないというのが日本の特許法実務ではないかと思います。 かといって、アメリカみたくIDSさえしとけば、実施例がなくても特許権が発生するというのもいかがかなぁとは思います。 しかも、先行技術の全てが本明細書中に援用されるってよく使われてますが、そんなに読んでられませんよね。 私は、それを読んだ瞬間に、この特許は実施してないんだなぁ~と思ってしまいます。 大体、援用するって書かれてるところは、まるっきりやっていないか、全然本願と関係なかったりしますよね。
ここからは、100の提言に関する部分についてですが、
94頁 「12 学内発表しても特許の新規性が失われないようにする
米国では、研究者本人による発表ではこうしたことにはならない。 日本でも、発明者自身の発表で不利益を被ることがないようにする。」
とあります。 確かに、米国では仮出願の制度もありますし、グレース・ピリオドも1年と長いと思いますが、一方の欧州では認められていません。 たまに、新規性喪失した案件をPCT出願する大学とかがありますが、あまり意味ないですよね。。。 また、米国が長いグレース・ピリオドの期間を設けられるのも、先発明主義を採用していることが一因でもあるのではないでしょうかね。 法の不知があるかもしれないので、研究者に過酷というのも30条制定の趣旨だったかと理解していますが、これだけ特許法というものが公知になり、大学の講義でも知財法の講義が設けられている昨今のようですから、30条廃止論というのもあってもいいのかもしれません。
106頁 「20 ポスドク一万人計画を知財戦略に活用する
・・・、先端技術の専門家として特許庁や裁判所で、審査官・審判官・調査官として採用し、知財ビジネスを支える専門性の高い知財人材として活躍してもらう。」
とありますが、一部、審査官に任期付審査官ということで採用されていますよね。 しかし、審判官や調査官とは、また行き過ぎな気がします。 発明者は兎角自分の発明を実施例ベースで考える癖があると思います。 しかし、特許法上の発明というのは、実施例を思想に置き換えて概念化されたものとなります。 ここの発明の見方って結構、慣れるまでは大変ですよね。
129頁 「47 データの裏づけのある特許出願をする
米国では、特許出願の明細書に一つでも虚偽があれば、訴訟の際に虚偽の記載が厳しい証拠開示手続の中で露呈し、権利そのものが成立しなくなる。 日本において、アイデアの段階で出願される場合には、推測を元にし、データの裏づけのないものも含まれているとされる。」
とありますが、アメリカも似たようなものですよね。 どこが本願の発明なのか分からない明細書がいいのかというと・・・ですよね。 確かに、IDSがあるので、従来技術の開示はされすぎているくらいだと思いますが、アメリカでも「will」で書かれている実施例なんてザラにありますよね。 とはいえ、確かに日本では書きすぎたからといって損になることはないので、書き得感は否定しませんし、弁理士が勢いよく発明を作ることも否定できないと思いますが。。。
132頁 「51 特許取得を支援する審査に移行する
これまで、特許庁は特許としない理由の発見に力を入れ、結果として、特許取得を遅く、弱く、狭くしていた。 これからは、有益な発明を特許とするため、特許取得を支援する審査へと発想を転換する。 発明の内容をいちばん理解している発明者・出願人からの技術説明を最優先し、権利化へのアドバイスのため、補正の示唆や出願人との面接などをさらに積極的に行なう。」
っていいですねぇ。。。 私は、日本人の気質からして、拒絶理由が限定列挙され、それをクリアーしたら特許になるという法体系では、提言51の目指す世界は遠いのかなぁ~と思っています。 審査官といえども官僚ですから、自分の失敗を公にはされたくないと思います。 基本的に官僚に失敗は許されませんよね。 そんな中、拒絶の理由を発見しないから特許査定するという現行法規下では、無効審判などが起きて無効が確定した時には、拒絶の理由を発見できなかった審査官とレッテルを貼られているのと同じになるのではないかと思います。 かといって、審査待ち案件80万件とかっていわれている今の時代にゆっくり審査できるほどの状況でもないですしね。 となれば、審査待ち件数が減らない限り、狭い権利範囲というものはどうしても仕方ない気がします。
132-133頁 「「拒絶理由(特許としない理由)」の発見サービスから「特許取得を支援する審査」への転換である。 今までは、特許としない理由の発見に力を入れてきたが、この考え方の根底にあったのは、特許は独占を認めるので世の中に迷惑をかけるという「アンチパテント」的な考え方である。」
審査官が霞ヶ関官僚なのが1つの一因でもあると思うので、、、 とはいえ、巷で話題になったように特許審査の民間解放というのもいかがなものかと思います。 霞ヶ関官僚とは異なる独自の官僚システムを作りあげるのが一番なのかもしれませんね。 もうちょっと、公務員なNTTやJRでしょうか。 すると、独法化ですかね。。。
135-136頁 「54 特許庁の電子図書館のサービスを向上させる」
これは随分と改善されたンじゃないかと思います。 後は、PCT出願されたものが閲覧しやすくなってくるといいですよね。 日本経由のものでも、PCT出願され国際公開されたものは、WIPO経由で公開という観点があるのかもしれませんが、日本の特許庁からは閲覧するのが不便です。 また、テキスト検索も明細書等の全文に渡ってできるわけではないので、その辺も改善されるといいなぁとおもいます。 ちょっと前までは、確かに、
「ところで、電子図書館の特許公報の明細書のデータは、出願人が高額な使用料を負担して「電子出願」に協力したから集積できたものであるから、特定業者に占有させないで、ユーザーに対するサービスを向上させる。」
でしたからね。
136頁 「56 特許は出願されたら、すぐに審査する」
137頁 「特許は出願と同時に潜在的な独占権を持つので、審査は遅い方がよいというのは「権利の濫用」であり、新規産業の立ち上げを邪魔している。 ベンチャー企業や個人にとって、審査が遅延している現状は、無数の地雷が埋め込まれているようなものであり日本での企業を困難にしている大きな要因である。 遅い審査は、企業の芽を摘み、国富を大きく減少させている。」
って、地雷を避けた新規事業を起こすのがベンチャーじゃないんですかね。 私は、日本には、欧米にいるような貴族のような裕福層(すなわち、エンジェル)が育っていないことが問題なのではないかなと思いますが。。。 また、総中流を目指していたんですから、突出せい!というのは土台議論が違いますよね。
141頁 「58 特許庁の未処理滞貨を一掃する」
って、今、特許庁は「滞貨」とは言わなくなっていると思います。 滞貨って発想は失礼ですよね。
広辞苑第五版によれば、
「滞貨 商品などが売れないで倉庫などにたまっているもの。 ストック。 また運べずにたまっている貨物。」
です。
142頁 「59 審査官に数人の補助者(調査員、検索員)をつける
特許権の経済的価値がより大きくなることから、充実した審査を行うため、先行技術の十分な検索を行なうための人材として審査官の補助者(調査員、検索員)を任期付きで公費採用する。」
この制度は採用されていないような気がしますね。 審判官の調査員には、元審判官だった方たちが採用されているようですが、審査官にも調査員っているんですかね? 検索員は、審査の外注先IPCCがありますね。
149頁 「65 早期審査・早期審理を改善する」
150頁 「さらに早期審査の手続き書類の作成に、弁理士代を含めて十数万円かかると言う問題が指摘されるほど、個人などのユーザーには負担が大きい。 自分で作成しようとしても、早期審査の書式は特許庁ホームページで掲載されているだけで、十分に周知されているとはいえない。」
って、早期審査の事情説明書だけで、十数万もいただけないですよね。 早期審査そのものはタダですしね。 と思っていたのですが、日本弁理士会HPのアンケート結果によれば、12万~14万の範囲で報酬をいただいている方が多いんですね。。。 確かに、出願によっては意見書級に重たい案件もありますからね。。。
161頁 「74 世界特許条約をリードする」
162頁 「世界特許を実現するには、四つのロードマップが考えられる。 第一段階として、互いの特許を事前調査し、サーチ結果を二国間で相互に認め合う。 第二段階では、特許を二国間で認め合う。 第三段階では、日米欧三極間の共通特許にする。 第四段階では、発展途上国を含めた世界特許を目指す(世界で一つの巨大な特許庁を作るのではなく、一定水準以上の特許庁が協力して、相互に特許を認め合う分散型の特許庁連合を作る。)」
って難しそう。。。 そもそも、特許権ってその国の経済施策そのものですからね。 いきなり、第四段階をやろうとしてWIPOで失敗したので、今は、第三段階を進めようとしている気がします。 物質特許なんかはTRIPSでも認められているように、除外できる状態ですので、第四段階というのは難しいですよね。
162頁 「日本とシンガポールの自由貿易協定(FTA)締結により、日本で特許されたものはシンガポールでも特許となる時代となった。」
FTAってそんなことも締結できるんですね。 FTAと特許の関係では、上記関係を作ったときには、TRIPS協定の最恵国待遇とかって適用されないのかな?といつも疑問に思っています。 確か、以前米韓で問題になったような気がしますが・・・
183頁 「84 三倍賠償制度を導入する」
184頁 「被害者が実際に被った損害を補填するのが日本の損害賠償法の基本理念であり、実損を超える賠償を命ずる懲罰的賠償はとりえない。 だから、アメリカの裁判所が命じた三倍賠償判決を日本で強制執行することは許されない。-これが日本の最高裁の判例だ(最高裁判所一九九七年七月十一日判決、・・・)。 懲罰は、刑法の仕事であり、民事法の領分ではないという考え方も根強い。 一九九八年の特許法改正に当たって、三倍賠償制度の導入が検討されながら結局見送られた背景には、こうした判例・学説の発想がある。」
特許法102条第1項
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、・・・
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
ですからね。 特許法102条は、民法709条の特則であることは明確なので、特許法100条のように、三倍賠償を認めるなら、特許法に損害賠償の根拠条文を置かないといかんでしょうね。
200頁 「92 知財裁判所を創設する」
200-201頁 「技術的素養を持つ裁判官(特許庁からの裁判所出向経験者を一定の資格試験を経て登用したり、知財専門の弁護士や弁理士を登用)を集めて、合議体として技術内容を判断できる「知的財産裁判所」を、韓国に続き、アジアで二番目に設置する。 知的裁判所の人的構成としては、法的素養を持つ裁判官、技術的素養を持つ裁判官、双方の素養を併有している裁判官、各三分の一とすることを目指す。 ・・・ したがって、特許庁の審判官や「ポスドク」を知財裁判官に起用することが急務である。」
上記のような知財裁判所というのは創設されませんでしたね。 確か、ロースクール化した際に、知財も含めて、色んなバックグラウンドを有する人を、法曹の世界へというのが1つのキャッチコピーだった気がしますが、、、 知財裁判所だったら、独立機関ですので、理系からロースクール行ったおじさんでも採用されたかもしれませんが、今は知財高裁ですから、そういう方は知財の裁判官にはなれなさそうです。 きっと、高裁の裁判官自体においそれとは慣れないですよね。 地裁でそこそこ経験して、ってなると、裁判官も特別公務員の官僚みたいなもんですから(弁護士も何期生っていうのが一生付いて回るみたいですもんね)、上記理念は達成できないというか、法曹界からの反対も凄かったというのを聞いたこともありますので、ある意味、知財高裁となったというところが、1つの両者痛み分けみたいな裁定だったのかもしれません。 そもそも今まで回してこれてるのに、今更理系が必要だというのは、裁判官の方達に失礼な気がします。
205頁 「?? 知財ロースクールを早期に立ち上げる」
207頁 「知財ロースクール(知財法科大学院)は物理、化学、工学などの理工系学部出身者を学生の大宗とするべきである。 法学部出身者に理工系科目の教育を行なうよりも、逆の方が容易であり、有効と考えられるからである。」
知財ロースクールって、ないですよね。 確かに、知財を扱っているロースクールはあるでしょうが、専門となるとないですよね。 ただ、理系大学出てとか、博士課程出ただけで、発明が理解できるのかというのは疑問ですよね。 特許法でいう発明は多くは企業で作出されていると思います。 確かに、ベンチャーの素は大学の研究から生まれていますが、やはり多くは企業からですよね。 そもそもベンチャーの発明は原理的な発明だったりしますので、どちらかというと、争いになるものというのは少ないと思います。 争いにすることは多いと思いますが。。。 となると、単に理科系を出たというだけで、発明を理解できんのか!というと、・・・だと思います。 これは、審査官にもいえることだとは思いますが。。。 これだけ、この本では、米国追従が激しいのですから、審査官の資格も米国追従したらいいのに!と思いますが、そういったことは書かれてませんねぇ~。 公務員改革って難しいんですかねぇ。。。
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